「ひとの噂も七十五日」と言います。4月の選挙以降、ひげも剃らず、“仙人”のような生活をしておりましたが、昨日も地区の行事で久しぶりに逢う知人に「みっともなかったね」と投げかけられて傷心度が深まりました。
選挙は結局“どぶ板”であったなと今頃になって気づくお粗末さ・・・ご支援いただいた皆様にあわせる顔がない・・・また仙人に舞い戻ろうと思っております。 が、それでも・・・私は今回有権者からいただいた4年間を、以下のとおり稼ぐ=賑わいの創設と、もうひとつ省く、この2点にこだわってまいりたいと思います。そしてその成果を実現することで、今の若者、子どもたちの将来負担をいくらかで圧縮できるよう知恵をしぼりたいと決意しております。今後もおつきあいをよろしくお願いします。
さて、6月議会の報告です。今回からいくらか短文にします。自分勝手のスタイルが通用しないことの悟りからでありますが・・・こだわりはこだわりですから。
6月議会の質問。
私は行政の役割を「稼ぐ、省く、守る、防ぐ」の4つに分類している。その中の守る、防ぐという側面=行政には安心安全の追求が最重要であろうが、夢や将来のビジョンを語ることも必要であろう。そのための「稼ぐ」であり「省く」である。
これまで「行政が自ら稼ぐ」という発想は、どこかの自治体に先進事例があっても「突飛な対応をするなあ」「行政にはなじまない手法だな」と異端視扱いされてこなかったか。たとえば、行政の資産に命名権を付与することや看板を設置することは、ほんの一昔前まで非常識と相手にされていなかったのではないか。ちなみに、当市は命名権付与の事例はゼロであるし、手数料ほかの経常外収入は県内他市と比較すれば相当貧弱であるということは共通の認識であろう。 この「稼ぐ」、別のことばで言えば「賑わいを生む」こと、市長は「交流人口を増やす」と表現されている。これらは皆同趣旨だと考えている。
そこで、今回は大きく2テーマを。まず、友好都市に関して。
市ではよく言われる「下松をシタマツとは呼ばせない」という努力が積み重ねられてきた。大阪以東で最も“クダマツ”と呼ぶ市民比率が高い街はどこか。私は、釜石市だと思う。なぜか・・・震災を契機に人事交流が毎年継続されてきたからであろう。釜石市と友好都市の契約を結んでいるわけではない。しかし、両市におけるお互いの位置づけは大きい。否、今後大きくできる要素がある、可能性がある。そう思われないか。知恵をしぼると、釜石市同様有効な、言い換えれば『無からたくさんの有を呼びそうな』友好都市の対象はたくさんでてくる。
私の友好都市の例示をする。例示することで求める形が見えてくると思う。まず、①日立市との交流に関して。日立製作所笠戸工場に勤務経験がある下松関係人=ふるさと応援団に参加いただけそうな社員やOBの方が日立市に何人かおられるのではないか。同市には久原房之助の偉業を顕彰した日鉱記念館がある。さらにもうひとつ、1939年に発足した同市は、来年当市と同じく80周年を迎える。仲良くできる下地はたくさんある。次に国民宿舎大城にからめて、②国民宿舎形態の施設は全国に100近くあるそうだが、冠に国民宿舎を表示ている所も7ヶ所ある。その街と交流することで、相互に宿泊客の拡大を目指すことも、また、それぞれ共通の課題、共通の悩みを検討する機会も得ることができるのではないか。次に③館山市、当市と全く同じ日、39年11月3日に誕生した千葉県の街である。④上越市(人口196千人の街)には「日本スキー発祥記念館」がある。当地の陸軍師団長長岡外史の功績にも触れているであろうと思うが。すでに上越市はスキーを教授してくれた軍人の故郷のオーストリアの街と姉妹都市の締結をしていると聞く。負けている。その他、⑥北海道芦別町(人口15千人)は星のふるまちを標榜しているし、⑦きつねの祭りをしているところは、岡谷市、宮城蔵王、柏崎市、大分姫島とある。⑧河津桜も笠戸ドッグの今治市も交流の対象になるかもしれない。
本から得た知識では友好都市は我が町の自慢、文化が自慢、自然が自慢、産業が自慢、歴史が自慢…そんな自慢、その街の特質が吸引力になるという。こんな知らぬ同士がひっつくと何か新しい芽が生まれてくる・・・そう思われないか。
もうひとつは外国との友好、姉妹都市の発想である。3月に発信された「下松市観光振興ビジョン」には最後の3ページに「広域化や国際化に対応した観光の促進」とある。これには様々なインバウンド誘致の思いが語られているが、肝心の外国人とどう接点つくりをするかという観点がないとみた。そこで、姉妹都市である。全国864市町村が1700の外国の街と姉妹提携していると聞く。当市は提携がない。これも例示をするが、①日立製作所に研修にきているフイリッピンの現役家族や帰国したOBとの縁は利用できないか。昔一時的に滞在した下松市が懐かしくないか。自分の子どもが学んだ日本一の工場を一度は訪問したいと思うフイリッピン人はいないか。②当市と同様百済の王族が渡ってきたという縁で人口6000人の宮崎県美郷町がブヨ邑と姉妹都市を結んでいる。また、大内氏の先祖が百済の国王であるという縁で山口市が、古墳の縁で熊本県和水町がそれぞれコンジュ市と姉妹都市を結んでいる。下松市が知らない間に百済伝説で3市町との姉妹都市が実現しているのである。日立製作所に関して。③イギリスの新幹線車両工場はどのような街にあるのだろうか、④イタリア財閥アフィンメカニカの車両部門を買収したと聞く、何かきっかけはないか。⑤バルクターミナルに運ばれるであろう石炭の故郷はオーストラリアのどんな街なのか。⑥星のふるまちを標榜したりFOX祭りをしている外国の街もあろう。
営業努力により、下松市に多大に貢献ができるインバウンドが可能なら、それに越したことはない。しかし、外国客を確実に呼び込むには上記のような誘致のための環境作りの仕組みが必要になりはしないか。知恵をしぼりたい。
さて、友好都市で何をやるか。いくらかの本を読んで得た知識を並べてみると、文化で交流、、スポーツで交流、音楽で交流、料理で交流、産業で交流、ホストファミリー宿泊、ホームステイでの交流、学生同士の交流、まつりの参加、・・・等。そこから何が生まれるか。子どもたちを中心に友好都市という接点がなければ知り得ない知識を得る、それぞれの催し物に幅がでる、そして一番は賑わい効果・・・それぞれの街にお金がおちること。新しい対象が生まれれば、それを受け入れるために商工会議所を主体に様々な接点つくりの工夫をする。それは釜石市との交流で実証済であろう。
いずれにしても、無から有を生じさせる友好都市、姉妹都市を「賑わいの創出」のためのテーマとして検討をお願いしたいと提案する。
次に3市の協調に関して。
3市の協調が必要だと考える理屈はたくさんあるが、心情的な角度で2点指摘したい。ひとつ、日刊新周南記事から。3市の市職員のなかで他の2市に住んでいる割合は、周南市は11%、下松市17%、光市11%という。地元在住が常識と捉えていた市役所職員でさえこのような状況なら、周南3市に勤務する企業人が3市相互にどの程度入り乱れ交錯して居住しているのか考えてしまった。ふたつ、高校生議会での問いかけで、華陵高校では生徒の半分程度が他市から通っているイメージを持った。3市のすべての高校の相互の交錯は、どの程度であろうかと考えてしまう。下松市民が他市町に働きに出る、学校に行く率、逆に他の市町から職場や学校に来ている率はいずれも40%を超えている。3市の市民感情の中に3市の垣根がどれだけ存在するか。3市はボーダレス状況にあるといえないか。このような近隣3市のこれほどの人的な交錯がある例が日本中でどれほどあるであろうか。殊に3市の中央に位置する下松市には、他の2市以上に3市の同一性意識が高いと思われるのである。
すでに3市で協調しているものはたくさんある。観光事業、ごみ処理場、火葬場、周南ものづくりブランド、自治体クラウド、災害時の相互応援給水訓練・・・。 協調の対象は3つに分類されると考える。まず、(1)3市協調が効率化を呼ぶ、経費節減に結びつくもの。省くもの。次は、(2)3市協調で現在の仕組みよりより機能を発揮するもの。充実できること。さらに、(3)3市協調の仕組みでこそ新たな展開が期待できるもの。進化ができること。
まず、(1)省くという観点では、ごみ処理、火葬場ほかの従来思考である。 次に、(2)充実できるもの。まず、観光事業の協調。救急医療を含めた医療体制の協調。広域の鳥獣被害防止対策。希少難病者や障がい者への集中支援。消防相互応援体制。廃棄物の処理機能拡大。交通ネットワークの整備充実。 (3)は展開進化・・・これがポイントになる。栽培漁業センターのリニュアールを契機に漁業組合の提携と水産物のブランド化。3市全体に広げた広域地産地消物品の拡販と物産展の共同開催。スポーツ合宿の共同誘致。市民の医療データーを3市で一元管理するシステム。私は自治体クラウドによる実質的なシステム共通化が将来事務処理だけでなく、どんな展開進化をもたらすか大きい期待を持っている。
協調の最初の取り掛かりは従来思考の(1)の「省く」であろうが、しかし、三市の一体感のあふれた市民感情、25万人を超すボリューム、そして周南コンビナートのエネルギー・・・これらを合一することで、今までにない「賑わいを生む稼ぐ仕組み」を作るという観点がより重要になると考える。