9月議会質問②新住居表示の整備促進で市民に誇りと自信を

17・9・参考

二つめの質問は住居表示について。

市民50人アンケートの結果が別紙D表である。男女別、現住所別、年齢別等で傾向を視てみたが、サンプルが少ないせいもあるのか、これらの分類で特に顕著な傾向があらわれていない。70才以上の方が旧来表示に凝り固まっているわけでもなく、逆に高校生議会に参加した若者は今のままで良いと答えている。結果、〇丁目表示に換えて欲しいという回答は50%の25人あったが、今すぐにでもという積極賛成者は限られており、全般的に関心が薄いと受け止めた。今の状況に不便を感じていないということだと思う。                      しかし・・・私が下記のストーリーのいくつかを話すと、新住居表示賛成に心変わりした方が25人中21人におられた。

そこで、以下、大字表示の住居表示に関して8つの物語を語りたい。      ①宅配業者の奥様に聞いた。東豊井、西豊井は配りたくない。新人は特に負担にな   る。ナビも役にたたない                          ②河内の友人の家に遊びに行き、家族に迎えを依頼しようとしたが、旧地区名も知らず現在地をどう伝えたら良いか判らなかった                ③車を運転していたらゴミ袋が燃えていた。消防暑に知らせようとしたが、郵便局 が見えるという以外、現在地をうまく説明できない              ④自分の土地を分筆して子供が家を建てたら、自分の地番も1745番から同番の1に変更せざるを得なかった                        ⑤東京からUターンしたが、高校の娘が友人に手紙を書くのに『「大字」と表示する意味が判らない。どうしても書かないといけないのか』と訊いてきた     ⑥ハウスメーカーに分譲地探しを依頼したら大字表示のある土地と〇丁目表示のある土地のふたつの絶好地を提案された。どちらを選んだと思うか        ⑦高校卒業後20年経過した下松出身で東京に住む主婦が、両親に虎屋の羊羹を送ろうとしたが、「そうか、私のふるさとはまだ大字表示なんだ」といくらか重い気持ちになった                               ⑧最後は私の個人話し。田んぼの中に家を建て移住して約30年、ありがたかったことが3件。下水道がつながったこと、家の前の市道が東西に貫通したこと、そして3つ目が末武1745番地というわけのわからない住所から、南花岡6丁目に換わったこと。いずれも下松市の行政力に感謝をしている

そこで問いかける。今のままの住居表示で                 1.働く若者、他所からの来訪者にやさしい街だといえると思いますか     2.住居表示が不明確なままで「住みよい街」といえると思いますか     3.都会ではまず存立しない大字表示のままで市民は「誇りと自信」を持つことができると思いますか

年に一度の「御田頭祭」は旧地区名、下高塚と昭和の共同での祭りである。下高塚は国道2号線が分断したにも関わらず、ほぼ南花岡に移行されているが、昭和は末武大通り、国道188号線の影響で地区は3つに分かれ、小学校も子供会もバラバラになっている。昔の一体感を経験する年配者は、毎年祭りの後の直会のたびに分断を嘆いておられる。しかし、瑞穂、清瀬や南花岡になった後に育った世代はどう思うだろうか。大きい道を挟んで遊びにも行けない地区の人間を同じ町内と言われても納得しないのではないか。                              一方、昔からの地名を大事にして今の大字表示でも構わないと思っている方々。他市の話を持ち出すのは失礼かもしれないが、周南市大字徳山や柳井市大字柳井というような先に手紙を出す際に、気の毒な思いにかられないか。そこに住む友人を訪ねる際、相手から何か目安を訊かずに訪ねることができるか。

先日視察した釜石市では6丁目という換わりに、6地割となっていた。また、信じられないことに、東北の方では大字だけでなく字表示も残存していると聞く。  住居表示はある程度市町の裁量に任されているなかで、いくらかの提案する。

古い地名を大事にする方々がおられる。ごもっともなことであると思う。生野屋とか来巻とか、香力とか黒杭とか上地とか、小野をコノと読むとか・・・地名はロマンと思う。そこで、たとえばコノ1丁目としてコノという地名を大事にしつつ変更するのはどうか。                             古川町のように居住人数が少ない町名もある。また、1丁目だけで2丁目がないとだめなのか。さらに、若宮、北斗、中央町方式でやれば、来巻でも、米川でも対応可能ではないか。                             米川の方から聞いた話、川を挟んで東南側は大字瀬戸、北西は大字下谷となっているが、それは毛利本藩と徳山支藩の統治という江戸時代の名残だそうだ。米川地区のふたつを合わせて、米川25番の15というような表示にすれば現在の生活環境になじむのではないか。                                 次に、町名に「町」は必要か。瑞穂町は瑞穂ではだめだったのか、清瀬町は清瀬でも良かったのではないか。東陽は東陽町ではない。町を省き文字数が減れば、長いスパンでみれば印刷のインク代も含めて省力化にならないか。         もうひとつ、大字表示は記載が必要か。私の50人アンケートでは、書かないという人が60%を超えていた。やめたら相当な省力化になる。         様々例をだしたが、住居表示の早期推進のため、ある程度柔軟に対応することはできないかということである。

都市整備課では現在の住居表示実施率を46.3%と公表しているが、これは対象が住居面積比率である。行政的にはこの考えが正しいのであろうが、私は人口比率の方がより市民の立場にたっているのではないかと思っている。        また、実施率とは分母が計画区域であって、そもそも計画地が限定されておれば率はあがるということになる。そうなるとE表のとおり、周南市や柳井市の実施率は100%になっているが、全人口対比の実態は50%を切っているということになる。                                   当市の対応が遅いわけではない。E表で人口を対象にして他市の実施率と比較すると、当市の計画実施率は70%、対全人口実施率は64%と地方都市では突出していると受け止めており、大いに努力されていることがわかる。が、もう少し速度を速められないのかということである。

市長は住居表示の推進理由を『誰もが住みやすく、来訪者にも判りやすいまちとなるように』と発言されたが、私は、住居表示の整備は「若者のための、住みよい街づくりのための、市民の誇りと自信のための重要なポイント」と捉えている。  早期の整備促進をお願いしたい。